TRAVELOGUE

金木の家、津軽の海 — 太宰治『津軽』を歩いた一日

太宰治の生家・斜陽館から十三湖まで、津軽の風景と『津軽』の文を辿る一日の記録。北の風に頁が揺れる場所のこと。

kota//読了 3
金木の家、津軽の海 — 太宰治『津軽』を歩いた一日

五能線、窓のむこうの灰色

青森駅から五能線に乗り換え、津軽半島を北上する。窓の外の田んぼはまだ稲を植えられたばかりで、水面に空が映っている。漁村の屋根の青、田の緑、雲の灰色。色が少なく、輪郭ばかりが際立つ風景。本を膝に置いたまま、気がつくと目で外ばかりを追っていた。

太宰の旅は一九四四年。まだ戦争が終わっていない時期に、彼は故郷を歩いた。私の旅は八十年遅れて同じ路線を走る。窓は同じ角度で開き、同じ風が吹く。それだけは、太宰の書いた文字と少しだけ重なる。

津軽は、本州の最北端にある。

太宰治『津軽』

斜陽館 — 太宰の生まれた部屋

金木で降りる。駅から徒歩十分の場所に、斜陽館がある。太宰の生家、明治四十年築の和洋折衷建築。一階は土間と座敷、二階は洋間。明治の家の構造そのものがすでに二重で、太宰がここで育ったことが、彼の書く構文の二重性とどこかで繋がっている気がする。

二階の洋間に立つと、窓の外には同じ津軽の風景が見える。おそらく太宰が見ていたのと、ほぼ同じ角度の同じ風景。家の主のいない部屋の静けさは、文字に書かれてもなお消えない種類の静けさだった。

金木町の小さな道

斜陽館を出て、金木の街を歩く。コンビニと郵便局、そして小さな本屋。本屋の店先には『津軽』が新書で平積みになっていた。「うちは太宰が地元なので」と店主が笑う。観光地ではなく、生活の延長として太宰がここに残っている。

金木の街並み
金木の小道。観光客の姿はほとんど見えなかった。

言葉は不正直でも、風景は正直だ

昼を金木の食堂でとる。一人の客に対しても丁寧に出される一汁三菜。太宰が書いた津軽の人の優しさは、文学的修辞ではなくて、たぶん本当のことだったのだろう。

散歩のついでに芦野公園へ。桜は散ったあとで、小さな池に花びらが浮いていた。風が吹くと、花びらは岸へ流れていく。岸では子どもが石を投げている。風景は、文字よりも長く同じ場所で待ち続ける。

私はこの国を愛している。

太宰治『津軽』

十三湖の夕暮れ、しじみ汁

午後、バスで十三湖へ向かう。湖と海が一つに溶ける場所。湖畔の小さな食堂でしじみ汁を頼む。湯気の中に貝の塩気と海の匂い。太宰がここを訪れた時、彼は何を食べたのだろう。本には食事の場面はあまり出てこないが、たぶんしじみ汁は飲んだ。

夕暮れの湖は、陸と水と空の境界をぼかしてしまう。風は強く、ページが捲れていく。

帰り道、青森駅のホームで

夜に青森駅へ戻る。新幹線の改札の向こうで、私はまだ津軽の風の続きを感じていた。本を閉じる。文字は変わらないが、私の中の風景は今日一日で確実に増えた。

旅から帰ったあとも、本のページに金木の風が吹くことがある。あれは、私が今日、津軽で受け取った風だ。

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